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リーダーシップとフォロワーシップの大切さ プログラム参加者インタビュー vol.3

2026/7/30

Antler Crafts・食猟師 小野寺望さん

大山流域研究所・研究員の小川彩です。今回大山流域を身体化するプログラム参加者としてご登場いただくのは、昨年8月の大山流域を身体化するプログラムに参加してくれた小野寺望さんです。
小野寺さんはかれこれ30年近く宮城県石巻市牡鹿半島でニホンジカの猟をし、自社の解体処理施設で精肉し、日本全国のレストランや料理家にシカ肉を届けています。自分のことを「撃たない食猟師」という小野寺さん。「食」とつけているのは、「食べる」ために生きものを銃で撃つ猟師であることの意思表明。仔鹿を育てている雌鹿は撃たないし、谷底などひとりで担いで持ち帰れないような状況では撃たない。つまり山に入っても撃たない場面の方が多いそう。行政からの要請で有害獣駆除にも参加していますが、そこでもなるべく命がまっとうできるようにしとめることを心がけています。
小野寺さんの話を始めると、それだけで物語が始まってしまうので、詳しく知りたい方は、こちらのクラウドファンディングのページでぜひチェックしてください(2026年6月30日まで応援できます!)
慣れ親しんだ牡鹿半島小積浜(こづみはま)から、車で5分ほどの有田浜に事業所を移転せざるを得なくなった時、新たなフィールドにゲストを迎えるにあたって、牡鹿半島のフィールドを巡るツアーを再構築する研修として、大山のプログラムに参加したのでした。

目次

  1. Antler Crafts・食猟師 小野寺望さん

  2. 古代と現代がリアルにつながる東北と大山

  3. 「自分は何を見てきたのだろう?」と湧いてきた問い

  4. レストランのサービスとプログラムを重ねて

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2025年8月が初大山。映画『もののけ姫』はじめ、東北と大山を重ねることの多い旅だった。


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プログラム初日、座学にて、ディレクター・秋元大の話に引き込まれていった。

古代と現代がリアルにつながる東北と大山

ー 鳥取県・大山は初めて訪れる土地でした。プログラムの最初の座学で受けた、大山流域の曼荼羅図の解説がまず衝撃でした。そこから本宮(ほんぐう)の泉や天の真名井(あめのまない)の湧水を訪ねたんですが、昨日今日の話ではなく、千年以上もこの井戸を守り続けてきた歴史が現実に存在していること、神話の世界の話が現実の「ケ」の世界に存在していることのすごさに、頭の中で混乱が起こりました。
特別な観光地ではない町の中に立つ社や井戸に畏怖畏敬を感じ、目に見えない歴史の重さにスッと素直に入っていくことができたのは、初日の導入部があったからかもしれません。
私の育った気仙沼市のある宮城県と岩手県にまたがる三陸地方は、たたら製鉄の文化や金が産出されるなど、大山流域と共通する部分があります。出雲大社をはじめとして、信仰の形が大山流域には残っていますが、蝦夷征伐の歴史や震災で構造が残りにくかった東北では、もっと土着的なことで残っていたな、と。
たとえば小さな頃に見た「おしらさま1」や、旧正月には十字路に振り返らずにお金や米を撒くしきたりや、葬式では七日目に「口寄せ2」だったり。自分が生きてきた環境にも、歴史と地続きなことがあったと思い出されました。

1 桑などの木または竹の棒に服を着せて作る人形で、男女一対からなる。東北全体にわたっている信仰で養蚕や農業、馬の神様と言われる。
2 神仙や死霊の言葉を霊媒に語らせること。 また、それをする者。
ー「いたこ」という盲目の巫女が、おしらさまを「遊ばせる(≒まつる)」といって祭文を唱えながら舞わせる行事がある。ー恐山をはじめ、中略イタコたちが集まって、死者の霊をよびよせる「口よせ」も見られる。
『神秘日本』岡本太郎著、「オシラの魂」(3ページ〜)参照

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座学と身体に落とし込む時間との構成が素晴らしかったと小野寺さんは振り返る。

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「太平洋と匂いも色も全然違うね!」と小野寺さんは日本海を堪能。8月という季節もあり、海で浮遊する時間が心地よかった。

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砂浜に背中をつけて大空を見上げる。渚というあわいに身を置いて思うことは人それぞれだ。

「自分は何を見てきたのだろう?」と湧いてきた問い

海に浮かぶ体験を大人にさせる、というのもしびれました。波に浮かんで不安定になった後で、足だけ波にあたるように波打ち際の砂浜に座って、大地とのつながりを確かめたり。空を見上げて陽を浴びるなんて大人になって滅多にしないですからね。その後、人間は海の水に近い母親の胎内の羊水に浮かびながら、生命の進化の歴史をたどるように小さな細胞分裂を繰り返して「ヒト」になっていく話を聞いた時に、生命の循環というか、生まれ変わっていくことや、プログラムで最初に山に行った意味や、流域という言葉で水の流れを表現した意味が腑に落ちたんです。プログラムの構成自体が素晴らしく、体験の印象が深くなりました。
そして「自分は今まで何を見てきたのかな?」って思ったんです。プログラムから戻ってきたひと月くらい経っても、興奮冷めやらず、というか。頭の中がぐるぐるしちゃって。自分はいままで地元の見えやすいところだけしか見ていなかったんじゃないかって。見落としてきたものがあるなって。
だからプログラムから東北に戻って、いても立ってもいられなくなって、アラハバキ神を祀るといわれる磐座のある、岩手県花巻市の丹内山神社を訪ねたんですよ(笑)。自分は誰で、どこの何者なのかって。奥州・藤原氏の栄華を誇った土地や坂上田村麻呂東征の土地では胸がざわつきますし、アイヌが追われた土地に行くと、顔つきからしてもやっぱり自分は縄文の血が濃いのかな、と思ったり。

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昨年11月に大山チームを石巻の事業所に招いて。猟犬、アヒル、鶏をはじめとしてさまざまな生きものとともにある暮らしこそ、小野寺さんにとって、あるがままを生きることなのかもしれない。写真/Haruki Anami

レストランのサービスとプログラムを重ねて

人って歳を重ねると、いろいろなことに頑なになってしまう。狩猟・猟師というとても狭いコミュニティで生きていると、なおさらそうなりがちです。
でも大山で大ちゃんをはじめとして、参加していた思いのある方々からちゃんとした考えを聞くと、自分の心が浄化されるような気がしたんです。それを感じ取れるか、感じ取れないかの違いなんですね。彼らがいま言ってることを素直に自分のものとして受け止められるか、と。
プログラムを提供している大山のチームは必死。だから聴いている我々も、何がその先があるんだろうって、何を彼らは見せたいんだろうっていう姿勢を持ちたいと思いました。それはレストランのサービスと一緒で、サービスを提供する姿勢と、お客様のサービスを受ける姿勢、双方向のコミュニケーションがあって良い食体験が成立するのと似ています。
正直な話、プログラムが始まる前は私もちょっと斜に構えていて、耳が少し聞き取りにくいことを心配していたんですが(注・狩猟で用いる銃声の影響で少し耳が遠い)、でも始まったら一生懸命聞きたい、聞きたいのよ! 大ちゃんが次にどんな言葉を発するのか。山で動物の足音を聞いてるのと同じように、参加している人たちみんなこうやって(耳をそばだてて)聞こうとしてるんですよ。一生懸命聞こう、聞こうって。
自分が見ていなかった自然界を見せてくれたから、自分は動物の目線でそれを見ようとしたんですね。このプログラムは特別な体験でした(談)。


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小野寺望さんが所属するAntler Craftsと大山流域研究所は、「山と私を和えるプロジェクト」でご一緒しています。東北のリアスの海の流域を、まず食から探究しています。写真/Haruki Anami