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「大山さんのおかげ」を身体化したプログラム 参加者インタビュー vol.1
角磐山大山寺金剛院 看坊 清水豪九さん
はじめに
研究員の小川彩です。6月1日に始まりますクラウドファンディング「天狗茶屋」改修プロジェクトの天狗茶屋は、天台宗別格本山、角磐山(かくばんざん)大山寺(だいせんじ)山内塔頭寺院のひとつ、観證院(かんしょういん)の宿坊「山楽荘」の敷地に建っています。
清水豪九(ごうきゅう)さん(28歳)は、同山内塔頭寺院の金剛院で修行をされながら、観證院・金剛院の住職を兼務されているお父様の清水豪賢さんとともにこの宿坊も営んでいます。この夏には金剛院住職に任命される予定です。
豪九さんがプログラムに参加したことがきっかけとなり、私たちは天狗茶屋をお預かりすることになったと言っても過言ではありません。
大山さんを最も身近に感じながら育ってきたはずの豪九さんが、「大山流域を身体化するプログラム」を通して大きく変化したこと、そして僧侶として大きな視座を得た体験を振り返ってくれました。
ひとり、山の中を樹木や草花と過ごしていた少年時代
ー 宿坊・山楽荘に生まれて、ずっと山の中で暮らしています。大山寺エリアは特に山の奥なので、学校に通うにもスクールバスで10キロ麓まで降りなければならなかったんです。小学生の時、まわりには一緒に遊ぶ同学年の同級生がひとりもいませんでした。
両親も観光業に携わっていたので、土日は忙しくて一緒に遊ぶどころではありません。だからいつもひとりで野山や寺、神社、河原を駆け回って遊んでいました。学校に行って座って授業を受けるよりは、庭先のアリンコをずっと眺めたり、崖をよじ登ったり、野草や木の実、花の蜜を口にしたり、山の中で遊んでいる方が好きで。身の回りにある名前も知らない生き物や自然が友達でした。

大山って、冬場は2−3メートル雪が積もるし、交通の便が良いわけでもない。山の中で生活するって自然環境相手にするのでそんなに楽なことが多いわけではないんです。家業だから住んでいたけど、心の底から住みたい場所かと言われると、そうだと思えないようなところも以前はありました。
僧侶として生きる道を学ぶために大学へ、そしてコロナ禍に
ー 僧侶として生きること、お寺を残していくことって、いまの時代なかなか大変です。僕は、幼少期から周りの大人や親戚に、1300年前からあるお寺を頼むね、みたいなことを言われていました。その頃のお坊さんのイメージって、お葬式に来て難しいお経をぶつぶつ唱えて、僕にとってはありがたいのかよくわからないような話をして帰る、みたいなものでしたから、僧侶になりたいと思ったことはあまりなかったんです。むしろ嫌で。
僧侶になることを目指したのは、京都で仏教系の大学に通って、仏教をちゃんと学び直したことが大きいんです。僕にとって仏教は、2500年前に誕生して以来、どうやったら人生の苦しいことを取り除いて生きていくか、苦しいこととどのようにうまく付き合って同居していくかという、生きる上での哲学をずっと説いているんだと気づいて。
どういう仕事をしたいかではなく、どういう人間になりたいかを考えた時に、仏教を使えばなりたい人にはなれるのかもしれない。僧侶というのは職業ではなく、生き方のひとつの選択肢だなと思って。このように捉えることができた時に、お坊さんになるのも悪くないかと思ったんです。
ただ、いまの仏教の教えは経典の中の言葉としてしか成立していないし、社会が必要とするような影響もうまく与えられていない。そこをきちんと接続させて、人を幸せにする“よりどころ”となれるような僧侶になりたい、と。
ところが大学卒業年にコロナが始まって、社会勉強を京都でしてから帰郷する選択肢もなくなり、実家に帰りました。卒業証書も郵送で受け取りました。

まず比叡山に入って2か月の修行の後に、実家の山楽荘で働き始めたのですが、観光業はコロナ禍で大打撃を受けていました。できることもなく、どうしようか悩む期間が長かったです。落ち着いてから、宿坊に山登りや観光で来られる方をお迎えしていましたが、大学時代になりたいと思ったお坊さん像ってこういうもんだったかな、と悶々と考えていました。
そして、子どもの頃からわかっていたことなんですが、高齢化や後継者不足で、別格本山という格式の高い大山寺を将来継承してゆく人間が、この山内に僕以外にひとりもいないとなり、大山寺自体をすべてひとりで管理しないといけない時代が遠くない時期にくることも切実になってきました。
実家の宿坊の経営維持も簡単なことではない中、大山寺という大きく現実的な問題が色々とのしかかり、その重圧に負けて、のた打ち回る時もありました。

「大山さんのおかげ」という言葉を身体化
ー そのような中、「大山流域を身体化するプログラム」にお声がけいただき、2025年7月に参加させていただきました。正直なところ、まだ上手に言葉で説明ができないのですが、ひと言で言うなら、大山に生まれ育って、これからも僧侶として、山の中で生きていくことができるのはとても幸せなことであり、そう生きていきたいと思えるようになりました。
プログラムのどれもすごく印象深いんですけれども、3日目に淀江の浜で、海底湧水を汲んで、塩を焚いて、お米を炊いておむすびをみんなで柿の木の下で食べた時でしょうか。普段何気なくそこにあるもの、身の回りにあるものの受け取り方を変えるだけで、こんなにも幸せって感じられるんだな。ありがたいなって。
塩もそうですが、毎日当たり前のように食べているお米とか、水一滴にしても、いただいているものなんだという実感がありました。
大山に子どもの頃から暮らしていて、「大山さんのおかげ」という言葉は当たり前のように知っていたんですけれども、改めてただの言葉じゃなく、自分の身体を通して身につく感覚を得られたんです。そして、山楽荘でお出ししている山菜のお料理は、山の恵みを一番良く伝えるものだ、「大山さんのおかげ」を一番わかりやすく説明できるものだと気づきました。
目に映る景色も変わりました。僕にとって友達のように過ごしていた家の周りにある自然も、見方を変えて紐解いていくと、仏教的な考え方の説明につながるんです。例えば木々がこのように生えている、存在する理由、言い換えれば森の中の事象は、仏教で学んでいた教えだったということが、初めて自分の中にちゃんと身についた、という感覚もありました。そうした実感を伝えるかのように、幼い頃から友達のように接してきた身の回りの自然は、僕に生き方を教えてくれていたんだなと感じました。そういったものを人々は昔から「権現さん」と呼んで手を合わせて、頭を下げてきたんだなぁと。

僧侶として大山を守ることは、流域の暮らしを守ること
プログラムを通して、大山と海までが全部一つで繋がっているということに気づいたことで、山の中の自然をしっかりと守り、麓の人々の生活の礎(いしずえ)にすることが、僧侶としてやりたいことだと気づきました。
大山町って高齢化が進んでいる自治体としては高い食料自給率があるんです。災害で物流が止まっても、この地域は多分食べていけると思う。その一部分を担うために、山を守っていくことができたら嬉しいし、それをやりたいと思って。
僧侶としてどう生きればよいか、今の世は何を求めているのだろうか、と考えていた大学時代、「サルボダヤ運動」いわゆるエンゲージドブディズムといって社会に対して参画していく仏教に出合いました。仏教国のインドやタイ、スリランカでは、お坊さんが主体となり、仏教思想を基にして農村開発や整備をしているんです。
日本では僧侶がインフラを整備する必要はないかもしれません。でも大山流域研究所さんがされているように、人間が手を入れることで動植物だけでなく、目に見えない土の中の微生物や菌類までも暮らしやすい環境を整え、結果的に人間にも良い環境になることをご一緒させてもらったら、結果的に僕がやってみたかった、社会と接続する仏教につながるのでは、と感じています。
天狗茶屋が流域哲学道場となって一緒にやりたいこと
ー プログラム体験後、僕から大山流域研究所の秋元大さんや、大原徹さんに一緒に何かをやってみたい、とお声がけしたのが、今回天狗茶屋を活用いただく始まりでした。
将来的に僕がひとりでこの大山寺を運営することになった時、一緒に何か行動してくださる方、その仲間づくりができたらと思っています。
お寺に生まれて、お寺を残さなければと考えていました。確かにお寺も大事なんですが、言ってしまえば大山寺が守っているのは大山のお山そのものなので、お山がいい状態になれば、自然とお寺は残るだろうと。
宗教として関わっていくことは、世の中の流れとして難しい部分がありますが、山を、流域を守っていくと考えると、ハードルが低くなって、一緒にやってもらえそうかな、と、少し楽に考えられるようになりました。
地元のおじいちゃんやおばあちゃんと話していると、例えば台風の被害が少ないのも、この間のお正月の大きな地震で被害が少なかったのも「大山さんのおかげだね」って自然に口にされるんです。
でも災害に関わらず、本当に普段の生活が営まれているのも、生命をいただいているのも、この大山さんのおかげだという見方ができるようになったのは、プログラムのおかげだと思っています。その上で僕は僧侶として「祈る」だけでなく「行動」していきたいです(談)
山楽荘さんの敷地にある「天狗茶屋」を「流域哲学道場」として再生するクラウドファンディングを実施中です。

天狗茶屋のクラウドファンディングは、単なる建物の改修ではなく、豪九さんのような次世代の担い手を応援するものでもあります。ぜひご覧ください。
引き続き、豪九さんや大山流域研究所の研究員たちの物語を見守っていただけると幸いです。