連載・鴉天狗
鴉天狗として、今日もお山を歩いています その1
研究員・大原徹インタビュー 前編
はじめに
大山流域研究所の小川彩です。
私たちの研究所が創業する3年前から展開している「大山流域を身体化するプログラム」では、日本の修験者が「お山」と「里(都市)」とを行き来する「行」の構造をひとつの鏡としています。プログラムディレクターを務める代表の秋元大に帯同している大原徹は、この取り組みがスタートした頃から、先達(修行を積み、信者や同行者を案内・指導する人)たちに導かれながら、奈良・吉野の大峯山の奥駆けをはじめとして、列島各地の修験の山に通い続けています。
かつて修験者が山の峰々をまるで飛び交うように行き来していた様子から「天狗」と表現されてきたように、ここ大山(だいせん)でもかつては多くの天狗たちが行を修めていたに違いありません。
大原が峰々へと通い続け、プログラム参加者のみなさまをはじめ、里(都市)にいる私たちに降ろしてくれる感覚とは。鴉天狗から大天狗への構えを持つべく大原が歩み続ける軌跡を、ここではご報告していきます。
その1は、大山さんの流域、鳥取県米子市で生まれ育ち、サーフィンやバックカントリーをはじめとして海・山のアクティビティ万能な大原が、「行」を身体化していくようになった話です。
アクティビティから「行」へ

大山流域研究所・研究員、大原徹。プログラム参加者やスタッフからは「徹ちゃん」の愛称で頼りにされています。法螺貝を携えて大山に登拝したときの様子。
ー よく、代表の大ちゃん(大山流域研究所代表・秋元大)が「すべての事象を身体化する必要がある」と言葉にするように、僕たちは「身体化」という言葉をよく使います。
僕が若い頃から遊んだり、突き詰めてきたスポーツ、アクティビティは、身体性というよりどちらかというと「運動能力」を特化していくもののように感じるんです。
いわゆる「エクストリーム系(サーフィンやバックカントリースキーなど、速さや高さ、危険さや華麗さなどの「過激な (extreme)」要素を持った、離れ業を売りとするスポーツの総称)」は、例えば大きな波に乗れたとか、アドレナリンが出るような険しいところに行って踏破できたとか、優劣を競い合う世界。そこで競技していたこともありますが、何か違和感を持つようになったんです。
鳥取県大山エリアは日本列島最南端の豪雪地帯です。冬はパウダースノーに覆われますし、夏は穏やかな日本海も夏山も両方を楽しめます。とても美しいけれども、猛威をふるって人の生命を奪うのも自然。そのわからなさを探求したいという思いが僕の中にずっとありました。
ただ、従来と変わらないコミュニティの中で同じコミュニケーションの手法のままでは、自分が求めている「わからなさ」を掴む入り口に立てない。そのようなもどかしい思いを感じていた時に、同じく鳥取県西部の江府町に移住してきた医師・桐村里紗さんを通じて、大ちゃんに出会ったんです。
お山で学んだことを里におろす
ー ツーリズムからアップデートした「プログラム」を企画するプロジェクトに関わっていく中で、大ちゃんの勧めでお山に通うようになります。地元の大山さんは中国地方最高峰で、1300年以上続く修験の地としてかつては百を超える僧坊と、約三千名の僧兵がいましたが、江戸時代には十三堂塔四十三坊に整理され、明治の廃仏毀釈後は十坊となり、現在宿坊として営業しているのは一坊のみとなりました。
かつて多くの修験者がいたこの土地の力を知るために、大山、三徳山と並ぶ伯耆三山のひとつ、船上山(せんじょうざん)、船上神社から大山三鈷峰へと登拝するルートに、大峯奥駆け修行で大変にお世話になったお二人の先達をお迎えし、難所の岩場をはじめ、ご一緒させていただきました。
かなり厳しい行場をともに歩いたこのご縁から、このお二方に可愛がっていただき、毎年各地のお山を登拝するようになりました。
「観光」の原点
いまも「お山で学んだことを里におろすとは何か」と考えながら歩かせて頂いています。お山を歩かせて頂き、さらに祈ることで世俗の執着や固定化された観念から一旦離れて、 すべては繋がり合い、そして移り変わっていくことができることに気づき、感謝する。先達の所作などから学び、この身に宿していくことができるのかな、と。
麓とはまるで異なる多様な存在を感得することで、これが確かに存在するという非言語の構造の一端を、里に「土産」として持ち帰り、送り出して下さった方々にお伝えするのですが、これこそ目に見えないものを見る、すなわち「観」を持つことに光をあてることだと思うのです。行者がお山から里に下ろす視座、 それが「観光」の原点だと思います。
そして視座を里におろすことは「土産(みやげ)」。つまり、うぶすな。産土とは生まれた土地を表す言葉ですが、お山を歩き、里におろした視座を「土産話」と表現したのは、「私たちとは何でできているのか」「私たちは何によって生きているのか」を伝えることにつながっていたからかもしれません。
昨秋、宮城県牡鹿半島の先端に立った時、奇跡的に晴れ渡って仙台湾を越えて蔵王連峰まで望むことができたんです。これを「運がよかったね」のひと言で済ませるか、自分や同行した方々の構えが重なって、自然の現象として蔵王や山々が顕現してくださったと捉えるか。その感覚を身に宿すことや、所作や振る舞いを身につけることは「身体化」のひとつかもしれません。(談)